先日、ヒロさん赴任先の京都の家へ行って来ました。家と言っても集合住宅なので、自宅にいる時と違ってドタバタ音をたてないよう気を使わなくてはいけません。ましてや声を張り上げて歌の練習をしたり、ギターの音をジャンジャン鳴らす訳にはいきません。
そこでこんなギターを購入しました。
http://jp.yamaha.com/products/musical-instruments/guitars-basses/silentguitars/
ヤマハのサイレントギターです。
今年1月に友人のIshidairaさんに会った時、最近買ったというサイレントギターを見せてもらって、うちもマネして買いました。
ボディーがスカスカですが、見た目と違って思った以上に良い音が鳴ります。そして本当に小さな音なので、弾いても隣近所に迷惑になりません。どんな音が鳴るのん?どんな形状なん?と気になる方は検索またはこちら↓をご覧になってください。
http://www.rakuten.ne.jp/gold/ishibashi/1304slg.html#howto
ギターのことがよく分かってない私があいまいな説明をするよりいいかなっと…
これで、京都の家でも心置きなくギター練習ができるようになりました。歌の練習はどうしてるのかって? それはまた次のネタで!
2015年5月27日水曜日
2015年5月11日月曜日
パティオ上越GWイベントステージ 2015/05/04
大型連休中は各地のショッピングモールでも様々なイベントが行なわれていました。
そんなイベントの一つ、パティオ上越でのステージに初めて出させていただきました。
会場は屋外、モールの中庭です。この日は小雨も心配されたので、軒下にスピーカーやマイクなど機材が設置されました。PA担当はフォーク村イベント等でいつもお世話になっている古川さんです。出演はWindsong、あんず、カズ片岡のくびき野フォーク村の3組です。
| Windsong(写真提供:永井さん) |
中庭の中央に芝生のスペースがあり、最初はそこに観覧席が設けられていました。開放的で気持ち良い雰囲気です。でも途中から小雨がぱらつき、お客さんはステージとは反対側の軒下へ移動し、雨を避けて聞いていただきました。
いつもフォーク村を応援してくださる方々や、たまたま通りかかった人が、ちょっと立ち止まったりベンチに座って聞いていたり、近隣のお店の人などがお仕事の合間に耳を傾けてくださったりしていました。
ぱっと晴れてくれることを祈って、「Sunshine On My Shoulders」を歌いましたが、あまり効力はなかったようです。でも、屋外でジョンの曲を歌うのって楽しいです、ほんとに。
| あんず |
| カズ片岡 |
あんずさん、カズ片岡さんもそれぞれ得意な曲を披露し、3組で1時間のステージを2回、無事に演奏することができました。
気心の知れているPA古川さんの技術のおかげで、気持ち良く演奏することができました。イベントのお世話をしていただいた永井さん、パティオのスタッフのみなさまありがとうございました。
そして、最後まで聞いていただいたみなさま、どうもありがとうございました。
2015年5月8日金曜日
イベント出演裏話
前日の八重桜まつりに続いて、ウイングマーケット内のショッピングモール、パティオでのステージにも出演させていただくことになったのですが、ちょっとその経緯を書きます。
あ、イベントの様子はまた後日に書きます。活動が少ないので、ブログに書くことも必然的に少なくって、小さなネタを拾っては引き延ばしていると思われるでしょう?
実は、その通りです。
パティオ出演はイベント直前に来たお話だったようで、八重桜まつりに出る予定の4組のメンバーがそのまま出演すればいいという流れに。でも、都合がついたのは、カズさんとWindsongだけ。
頼りのS.yazawaさんは、咳の風邪で歌えない状態で出演不可能に。
どうする!? 「あの頃の青春フォークコンサート」ってチラシにも載ってしまっているのに、たったの2組で、午後1時と3時の2回のステージ!
ちょっと話ははずれますが、今年の咳の出る風邪は強烈でした。私も2月後半に息子経由で移ってしまい、ひどい目に遭いました。最初は2〜3日で治るだろうと思っていたら、熱が下がった後が本番だったのでした。とにかく咳が出始めると止まらない。食べ物が喉を通らない、体力は消耗する、呼吸困難に陥ってくるし、身体がペラペラに干涸びた頃、とうとうクリニックに駆け込みました。もらったお薬が効いてやっと楽になったよ〜と喜んでいたら、次は全身にひどい蕁麻疹が出て再度クリニックへ。抗生物質が合わなかったようでした(泣)。もうペラペラのブツブツですわ(苦笑)。
結局2週間くらい家で養生する羽目に。こんな風邪を人に移してもいけないし、じっと我慢の日々。喉の調子と体力が戻るまで1ヶ月かかりました。
あの頃に出演予定などあったら、歌なんて歌えなかった。
今年の風邪はひどいとは聞いていたけど、まさか自分の所にも回って来るとはね〜。
今回、yazawaさんもお気の毒でした…。
で、パティオ出演者はどうする!!と言う話でしたね。
救いの神が現れたんです。
八重桜まつりに、差し入れを持って聞きに来てくれた「あんず」さんに会って、あ!とひらめきました。あんずさんは主に中島みゆきを演奏するフォーク村の夫婦ユニットです。
突然の「明日パティオに出ませんか!」という無茶ぶりに、「大丈夫です。」と頼もしいお返事。イベントを企画している永井マッサンにも連絡し、あんずさんの出演が決まりました。GW中でいろいろ予定もあったでしょうに、本当に助かりました。
では、パティオイベントのお話は次回にと言うことで、またおつき合いくださいませ。
あ、イベントの様子はまた後日に書きます。活動が少ないので、ブログに書くことも必然的に少なくって、小さなネタを拾っては引き延ばしていると思われるでしょう?
実は、その通りです。
パティオ出演はイベント直前に来たお話だったようで、八重桜まつりに出る予定の4組のメンバーがそのまま出演すればいいという流れに。でも、都合がついたのは、カズさんとWindsongだけ。
頼りのS.yazawaさんは、咳の風邪で歌えない状態で出演不可能に。
どうする!? 「あの頃の青春フォークコンサート」ってチラシにも載ってしまっているのに、たったの2組で、午後1時と3時の2回のステージ!
ちょっと話ははずれますが、今年の咳の出る風邪は強烈でした。私も2月後半に息子経由で移ってしまい、ひどい目に遭いました。最初は2〜3日で治るだろうと思っていたら、熱が下がった後が本番だったのでした。とにかく咳が出始めると止まらない。食べ物が喉を通らない、体力は消耗する、呼吸困難に陥ってくるし、身体がペラペラに干涸びた頃、とうとうクリニックに駆け込みました。もらったお薬が効いてやっと楽になったよ〜と喜んでいたら、次は全身にひどい蕁麻疹が出て再度クリニックへ。抗生物質が合わなかったようでした(泣)。もうペラペラのブツブツですわ(苦笑)。
結局2週間くらい家で養生する羽目に。こんな風邪を人に移してもいけないし、じっと我慢の日々。喉の調子と体力が戻るまで1ヶ月かかりました。
あの頃に出演予定などあったら、歌なんて歌えなかった。
今年の風邪はひどいとは聞いていたけど、まさか自分の所にも回って来るとはね〜。
今回、yazawaさんもお気の毒でした…。
で、パティオ出演者はどうする!!と言う話でしたね。
救いの神が現れたんです。
八重桜まつりに、差し入れを持って聞きに来てくれた「あんず」さんに会って、あ!とひらめきました。あんずさんは主に中島みゆきを演奏するフォーク村の夫婦ユニットです。
突然の「明日パティオに出ませんか!」という無茶ぶりに、「大丈夫です。」と頼もしいお返事。イベントを企画している永井マッサンにも連絡し、あんずさんの出演が決まりました。GW中でいろいろ予定もあったでしょうに、本当に助かりました。
では、パティオイベントのお話は次回にと言うことで、またおつき合いくださいませ。
2015年5月6日水曜日
八重桜まつり 2015/05/03
今年も五智歴史の里会館の八重桜まつりイベントステージに、くびき野フォーク村が出演させてもらうことになり、カズ&ミッチー、吟遊詩人、Windsongの3組が2時間のミニコンサートを行ないました。
4月の終わりになって急に気温が上昇し始めた上越。例年はこの時期満開の八重桜が、今年はもう半分くらい散ってしまい、この日も初夏のような陽気でした。芝生の上に椅子を並べて置いてあるのですが、日差しが強すぎるため、お客さんは木陰や涼しい会館の軒下などでのんびりと聞いていただけたようでした。
さて今回は大型連休でヒロさんが京都から帰省し、Windsongは久々に人前で演奏することができました。上越では1年ぶりのステージですので、本当にこの日が楽しみでした。
この八重桜まつりでは、会館前の広い野原にステージを設置し、お花見やフリーマーケットや物産販売を楽しみながらライブを楽しめるようになっています。本当に開放的な空間で、まぶしい陽光、ピンクの八重桜、新緑、そして心地よい風に包まれて、歌っていても気持ちの良いこと!
周辺の木々からウグイスやメジロの綺麗なさえずりが聞こえ、広がる草地には蝶蝶が飛んでいる。そんな光景を見ながら演奏する機会はなかなかありません。
ジョン デンバーの曲はこういう場所で歌うと本当に気持ちよいです。
実は私はこの歴史の里会館からわりと近い所に住んでいて、時々通りかかることはあるのですが、この季節が一番いいように思います。
会場のみなさま、いつもくびき野フォーク村をひいきにして駆けつけてくださる方々、ご近所のみなさま、最後まで聞いていただいてありがとうございました。
五智歴史の里会館の皆様にも大変お世話になりました。素敵なイベントに呼んでいただいてありがとうございました。
4月の終わりになって急に気温が上昇し始めた上越。例年はこの時期満開の八重桜が、今年はもう半分くらい散ってしまい、この日も初夏のような陽気でした。芝生の上に椅子を並べて置いてあるのですが、日差しが強すぎるため、お客さんは木陰や涼しい会館の軒下などでのんびりと聞いていただけたようでした。
| カズ&ミッチー |
| Windsong |
| 吟遊詩人 |
さて今回は大型連休でヒロさんが京都から帰省し、Windsongは久々に人前で演奏することができました。上越では1年ぶりのステージですので、本当にこの日が楽しみでした。
この八重桜まつりでは、会館前の広い野原にステージを設置し、お花見やフリーマーケットや物産販売を楽しみながらライブを楽しめるようになっています。本当に開放的な空間で、まぶしい陽光、ピンクの八重桜、新緑、そして心地よい風に包まれて、歌っていても気持ちの良いこと!
周辺の木々からウグイスやメジロの綺麗なさえずりが聞こえ、広がる草地には蝶蝶が飛んでいる。そんな光景を見ながら演奏する機会はなかなかありません。
ジョン デンバーの曲はこういう場所で歌うと本当に気持ちよいです。
実は私はこの歴史の里会館からわりと近い所に住んでいて、時々通りかかることはあるのですが、この季節が一番いいように思います。
| フォーク村メンバーによる全員合唱 |
会場のみなさま、いつもくびき野フォーク村をひいきにして駆けつけてくださる方々、ご近所のみなさま、最後まで聞いていただいてありがとうございました。
五智歴史の里会館の皆様にも大変お世話になりました。素敵なイベントに呼んでいただいてありがとうございました。
| 友人(やっちゃん)提供の写真です。感謝! |
2015年4月15日水曜日
SONG TO SOUL 2015 カントリーロード再放送
BS-TBS放送の「SONG TO SOUL〜永遠の一曲」で、ジョン デンバーのカントリーロードの回が再放送されます。
4月22日(水)午後11時〜
番組スケジュールはこちら
http://www.bs-tbs.co.jp/songtosoul/schedule/
番組内容はこちら
http://www.bs-tbs.co.jp/songtosoul/onair/onair_62.html
4月15日(水)
エルヴィス プレスリー「好きにならずにいられない」
この放送回には、ハル ブレイン氏がインタビューで登場しています。
ハル ブレインと言えば、ジョン デンバーのパーカッションやドラムスに参加し、1981年にはジェームズ バートンやグレン D ハーディンと共にJD最強バックメンバーで日本ツアー公演を行なっていました。
番組HPよりfacebookの方で詳しく説明されていましたので、そちらを紹介します。
*facebook 2015/04/14の記事より
4月22日(水)午後11時〜
番組スケジュールはこちら
http://www.bs-tbs.co.jp/songtosoul/schedule/
番組内容はこちら
http://www.bs-tbs.co.jp/songtosoul/onair/onair_62.html
4月15日(水)
エルヴィス プレスリー「好きにならずにいられない」
この放送回には、ハル ブレイン氏がインタビューで登場しています。
ハル ブレインと言えば、ジョン デンバーのパーカッションやドラムスに参加し、1981年にはジェームズ バートンやグレン D ハーディンと共にJD最強バックメンバーで日本ツアー公演を行なっていました。
番組HPよりfacebookの方で詳しく説明されていましたので、そちらを紹介します。
*facebook 2015/04/14の記事より
2015年2月17日火曜日
All Of My Memories 紹介記事
昨年発売された『All Of My Memories』についての素敵なアルバム評がありましたので、紹介いたします。日本語には私が訳しましたのでいろいろ間違いや抜け落ちがあるかもしれませんが、どうぞご容赦ください。
元記事はこちらです。
John Denver: All Of My Memories : The John Denver Collection
ロブ カルドウエル
ジョン デンバーは1970年代に絶大なる人気を集めたが、最近の音楽や芸能界の風潮の中では、彼のような健全で真面目なパフォーマーはそのような座は得られないだろう。皮肉で言っているのではなく、あの頃とは世界が変わってしまった。デンバーは絶頂期、トゥナイトショーやグラミー賞のゲストホストとして何度も出演し、人気映画(オーゴッド 1977年)に共演し、何百万枚ものアルバムを売り上げた。生まれながらのショウマンだった。彼は 音楽活動を始めた60年代のコーヒーハウス時代から、テレビに出るようになっても、何千もの聴衆を前にしても気楽な友人のような人柄であった。
彼の持つイメージは気さくで誠実なもので、時に作られたものだとしても、そこが彼の魅力だった。それが弱点となり批評家たちの的になりやすかったともいえるが、やはり真正直という印象が彼の強みでもあった。ベトナム戦争やウォーターゲート事件の渦中にあった60年代の後遺症からアメリカが回復するために、デンバーの素朴な楽観主義が解毒剤となった。
代表作「ロッキーマウンテンハイ(1972年)」が脚光を浴びたことにより自然擁護者としての彼の役割が、あの時代の自然回帰運動に見事にはまったのだった。さらに陽光、山々、大自然を歌った親しみやすいフォークポップの歌は、平均的な中間層の夢見る新しいライフスタイルへと繋がった。
『All of My Memories:The John Denver Collection』は、本格的に彼のキャリアを評価した初のボックスセット企画だ。一般的に知られているよりも実は複雑で少しニュアンスの違うアーティストとして描かれたポートレイトのようだ。どの曲も彼のアルバムの代表曲(当然ながら70年代がかなり中心となっているが)であり、大まかに年代順に並んでいる。
このアルバムは、1964年のデモ版で19歳当時の意欲に満ちた*トルバドゥールの2曲から始まる。そんな早い時期から自信に満ち 才能を発揮した歌を聞かせてくれている。デンバーはすぐに60年代の「グレートフォークミュージックスケア」の波に乗った。「Darcy Farrow」のような伝統曲や時には政治風刺の歌が、自身や(ミッチェル)トリオの形式となった。また彼は同時期「Leaving On a Jet Plane/悲しみのジェットプレーン」を書いている。ピーター ポール アンド マリーがカバーして広く注目を集めることになった曲だ。初期のレコーディングでもともとは「Babe, I Hate to Go」というタイトルだったその曲もここに収録されている。
〔*トルバドゥール: 11ー13世紀の南ヨーロッパで恋愛や騎士道の歌を吟じた抒情詩人〕
〔great folk music scareの意味がつかめませんでした。〕
彼は1971年のアルバム『詩と祈りと誓い』でヒットを飛ばしたが、「Sunshine On My Shoulders 」や「Take Me Home, Country Roads」など、曲の半分が代表曲と言えるアルバムだ。このボックスセットのタイトルとなった曲「All of My Memories」は、その次に発売されたアルバム『Aerie』の中の一曲だ。ジョン デンバー作品の中で、秘宝の一つと言ってよい曲である。トゥーツ シールマンスのハーモニカが加わった穏やかなフォークブルースで、故郷や家族や自然の中に魂の救済と強い憧れを求めた歌だ。
彼のカバー選曲も巧みだ。ボックスセットに収録している「I Guess He'd Rather Be in Colorado」「Blow Up Your TV」「Boy From the Country」などは他人の曲だが、まるでデンバー自身が書いた曲のようである。初期の頃、アルバムの1〜2枚分はできたであろうほどビートルズナンバーをカバーし録音していたはずだが、不思議なことにここには全く含まれていない。デンバーのために書かれたような世界観の「Mother Nature's Sun」(『Rocky Mountain High』収録)以外は。
彼の曲は森や花だけではない。「Prisoners」では力強いパーカッシブなギターサウンドが響く。兵士と母国にいる妻や子どもの視点からの反戦歌だ。また彼は「Like a Sad Song」「I'm Sorry」「Looking For Space」などで、明るく陽気なイメージから離れた表現をすることもあった。例えばこんな歌詞がある。「時には鷲のように飛び、時には深く絶望する」。
70年代後半、デンバーのアルバムに、エミルーハリスの Hot Bandメンバーが加わった。彼らはまたエルヴィス プレスリー、グラム パーソンズのミュージシャンでもあった。彼らが加わることで、見事な技の「Baby, You Look Good Tonight」や、早技のカントリーピッキング曲の「Sweet Melinda」、ロックの「Downhill Stuff」など、技巧の層の厚みが増した。
80年代前半にはデンバーは「アダルトコンテンポラリー」路線に進む。メガネを捨て髪を短くした。より柔らかな音楽になったが、その誠実さは失われることはなかった。オペラ歌手プラシド ドミンゴとのデュエット曲「Perharps Love」はヒットしたが、今にしてみると二人の違いすぎるボーカルのチグハグ感は否めない。しかしそんな頃でも決して自然から離れることはなかった。「Love Is the Master」や「Wild Montana Skies」(エミルーハリスとデュエット)などの曲で、彼を有名にした音の世界に回帰している。
『All of My Memories』はデンバーの音楽への良き入門作となっている。そして長年のリスナー向けに希少なナンバーとコロラド音楽殿堂会長の論評がついている。その文章がジョンデンバーのより完璧な人物像を知る手助けをしてくれる。さらにほとんどの曲がリマスターされていることも加えておこう。「Rocky Mountain High」は2007年に2番目のコロラド州歌になった。最近では現代のアーティスト達によるトリビュートアルバムが発売。そしてこのボックスセット。長くかかったがデンバーがついに再評価される時が来た。
2015年2月6日金曜日
警部マクロード放送から40年
1975年の1月、NHKで放送が始まったドラマシリーズ「警部マクロード」。当時中学生だった私はこのドラマで、その後の私の人生を大きく左右する人物と出会いました。
『コロラド大追跡』という回にゲスト出演していたジョン デンバーです。出会ったと言ってるけど一人で勝手にそう思っているだけやん!というツッコミが聞こえてくる気がしますが、出会ってしまったとしか言いようのない瞬間でした。
ジョンが画面に登場した瞬間、画面から何か強い衝撃波が押し寄せてきました。そしてある直感が働きました。「この人は私に大きく関わってくる人だ!」と。
ドラマのクレジットで「ジョン デンバー」と言う名前を覚え、アメリカの歌手らしいよと友人から聞き、近所のレコード店に情報を求めて足を踏み入れてみました。ベストアルバムを見つけ、お小遣いをはたいて購入しました。自分で買った初めてのレコードがジョンのアルバムでした。
レコードを聞いてみるとそこには私が探し求めていた音楽の世界が広がっていました。それまでは学校の音楽の教科書にでてくるフォスターやスコットランド民謡などの、自然の景色や人々の営みを歌った美しい旋律の曲が好きなくらいで、流行の音楽とは無縁な生活でした。
それからジョンの歌の世界やその人柄にのめり込み、アルバムを買い揃え、ファンクラブに入り、関西での活発なファン交流活動へと発展していきました。
1981年には念願だったジョンのコンサートを聞くことができ、その後ジョンと直接会う機会が幾度かありました。
ジョンは私にとっていつも手を伸ばして追い求める光のような存在でした。
1997年にその光が突然消えてしまいました。その頃の気持ちはいまだにうまく言葉にできません。
ただ、やっぱりジョンと出会って良かったと思っています。40年経ってもジョンの音楽が私に勇気を与えてくれる。
1本のドラマを見たことから広がった世界。
あの時「警部マクロード」を見ていなかったら全然違う人生になっていただろうと思います。やっぱりジョンを初めて見た時の直感は当たっていたんだと思うのです。
テキサス州タオスからニューヨーク市警にやってきた型破りなマクロード警部。
毎週このドラマを見るのが本当に楽しみでした。
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