1年以上ブログの更新をサボっていました。もし時々でも見に来ていただいている方がいらっしゃったなら、長期間ご無沙汰をしてしまって申し訳ありませんでした。
パソコンからずっとブログを書いてきましたが、スマホを使うようになってからPCを起動しなくなってしまって、ついついブログも遠ざかってしまいがちです。
更新はしていなかったんですけど、Windsongは細々と活動を続けています。
WindsongHPの方は更新しています。イベント出演のお知らせなど載せています。
さて、このブログも活動の記録として再開しなくちゃ!
次は2019年に参加したイベントの振り返りの投稿をします。
(PC久しぶりなのでキーボード入力ミスタッチばかりしてます:汗)
2019年8月3日土曜日
2017年8月10日木曜日
久しぶりの更新
ブログ、すっかりサボってました。
1年前に更新したきりでした。
Windsongの演奏活動、細々とやっています。去年はWest Flash主催のブルーグラスフェスに出たくらいしか活動してませんでした。今年はもう少し演奏機会がありそうかな。
6月24日に北陸ブルーグラスフェスに参加しました。
20分の持ち時間で5曲演奏しました。久しぶりの大きなステージで雰囲気もすっごく楽しくて余裕ある顔で演奏してましたが、本当は足がブルブル震えてました。
だってみなさんものすごく楽器演奏や歌が上手い人ばっかりですもん。ごまかしが効きません。ごまかしませんけど。でも京都や新潟でお世話になってる方々や演奏を楽しませてもらってる方々に会ってお話したり、新しい人と知り合ったり、楽しく過ごせた1日でした。
そして大いに刺激を受けました。もっとギター弾けるように頑張ろうと。もっと表現力をつけるようにと。
久しぶりにこのブログ使ったら多少仕様が変わっていて、自分のアルバムから直接写真を入れることができなくなっているじゃありませんか。写真の入れ方調べてみます。
1年前に更新したきりでした。
Windsongの演奏活動、細々とやっています。去年はWest Flash主催のブルーグラスフェスに出たくらいしか活動してませんでした。今年はもう少し演奏機会がありそうかな。
6月24日に北陸ブルーグラスフェスに参加しました。
20分の持ち時間で5曲演奏しました。久しぶりの大きなステージで雰囲気もすっごく楽しくて余裕ある顔で演奏してましたが、本当は足がブルブル震えてました。
だってみなさんものすごく楽器演奏や歌が上手い人ばっかりですもん。ごまかしが効きません。ごまかしませんけど。でも京都や新潟でお世話になってる方々や演奏を楽しませてもらってる方々に会ってお話したり、新しい人と知り合ったり、楽しく過ごせた1日でした。
そして大いに刺激を受けました。もっとギター弾けるように頑張ろうと。もっと表現力をつけるようにと。
久しぶりにこのブログ使ったら多少仕様が変わっていて、自分のアルバムから直接写真を入れることができなくなっているじゃありませんか。写真の入れ方調べてみます。
2016年8月23日火曜日
夏期休暇に
夏期休暇で京都から帰って来たヒロさん。帰って来ても不在中のいろいろな雑用処理で日々が過ぎていきましたが、一日くらいは音楽練習できる日を設けようということで場所を借りて3時間ほど練習することにしました。
市内の公共施設にその日の午後予約が取れ、久しぶりに2人で練習開始。2月に杏理鈴で練習して以来半年ぶりです。普段はそれぞれに一人で練習しているので、ギターのリズムを合わせたり、コーラス部分の音取りをしたりいろいろ確認しながら練習することができました。
そしてこの日偶然なことに隣の練習室では、くびき野フォーク村のセプテンバーのお二人が練習していました。別に示し合わせた訳じゃないのに。利用できる公共施設は他にもいくつもあるのに。なんという偶然!セプテンバーさんは9月の自主ライブに向けての練習ということでした。
その夜はまさやん宅で集まることに。ヒロさんが帰って来てるので、まさやん&やっちゃん夫妻が急きょ声をかけて音楽仲間を集めてくれて。
バーベキューして、流しそうめんして、スイカ食べて、次々にギター弾いて歌って。Windsongも午後に練習をした曲を何曲も歌わせてもらいました。
まさやん&やっちゃん、みんなありがとう。
全然音楽活動できていない私達の寂しい心境を察してくれて、でも誰もそんなことには触れなくて、ただ一緒に食べて飲んで歌って笑って寄り添ってくれる。本当に嬉しかったです。
市内の公共施設にその日の午後予約が取れ、久しぶりに2人で練習開始。2月に杏理鈴で練習して以来半年ぶりです。普段はそれぞれに一人で練習しているので、ギターのリズムを合わせたり、コーラス部分の音取りをしたりいろいろ確認しながら練習することができました。
そしてこの日偶然なことに隣の練習室では、くびき野フォーク村のセプテンバーのお二人が練習していました。別に示し合わせた訳じゃないのに。利用できる公共施設は他にもいくつもあるのに。なんという偶然!セプテンバーさんは9月の自主ライブに向けての練習ということでした。
その夜はまさやん宅で集まることに。ヒロさんが帰って来てるので、まさやん&やっちゃん夫妻が急きょ声をかけて音楽仲間を集めてくれて。
バーベキューして、流しそうめんして、スイカ食べて、次々にギター弾いて歌って。Windsongも午後に練習をした曲を何曲も歌わせてもらいました。
まさやん&やっちゃん、みんなありがとう。
全然音楽活動できていない私達の寂しい心境を察してくれて、でも誰もそんなことには触れなくて、ただ一緒に食べて飲んで歌って笑って寄り添ってくれる。本当に嬉しかったです。
2016年6月3日金曜日
停滞する時もあるけど好きなことはきっと続いていく
2月に更新してから3ヶ月以上も経ってしまいました。
何をしていたのかと言いますと、たいして何もしていないので書くこともないな〜という状態でございました。久々に更新したということは何か活動するのかと言うとそれも何もない状態でございます。
2月には、京都で2日連続フォーク&ブルーグラスライブに参加する予定で、その前の週に杏理鈴で練習していた訳ですが、京都で私達2人共に災難が降りかかり、演奏する機会を逃してしまいました。
以前町家ライブに誘ってくれたT氏が、また同じライブに行くために迎えに来られるので楽しみにして待っていたある夕べ、私の体調がどどーっと崩れ、その夜のライブ行きはキャンセルに。翌朝近くの診療所へ駆け込んでお薬もらって点滴も打ってもらってなんとか回復。ウイルス性胃腸炎でした。ぐったりしました〜。
でももっと深刻だったのはヒロさんの方。1ヶ月以上続いていた腰痛が夜も眠れないほどだんだんひどくなっていました。
病院へ通っていくつかの検査をして、お薬をいろいろ処方してもらって、しばらく養生が必要ということで、3〜4月は京都と上越で養生していました。腰に負担がかからないよう気をつけていれば日常生活はまあまあ問題なかったのですが、ギターを抱える姿勢が腰には良くなくて、練習するには無理がありました。
そして現在はどうなったかと言いますと、仕事もギター練習も普通にできるほど回復し、京都で元気に暮らしています。良かった良かった!
あんまりこんな話はしませんが、私には持病があって、1年のうち4分の一くらい自由に動き回れない時もあります。それでもダメな時期はじっと我慢、出来る時が来たらひるまず好きなことをやって行くという気持ちでずっとやってきました。
音楽関連で仲良くお付き合いさせていただいてる人達を見てもだんだん年齢を重ねるごとに体調を崩したり病にかかる人が増えて来ました。
病気だけでなく仕事や家庭や家族の問題で思うようにいかないことも出てきて音楽活動どころじゃなくなる時期もあります。
それでも演奏する機会と場所があり、それを聞いてくれる人達がいて、一緒に活動する仲間がいるおかげでずっと続けて行こうという気持ちを保持することができます。
Windsongの活動を始めて12年になりました。10周年の年は、よーし大きなイベントを企画するぞ!と張り切っていたのに、ヒロさんが富山に長期出張。数ヶ月後には滋賀に。そして次の年こそはと思ったら京都に転勤になってしまいました。
それで何周年とか考えずにできる時にできる状態で精一杯楽しもうと考えるようになりました。
だってこの先もずっと続けて行きたいから。
ずっとジョンの音楽と関わっていたいから。
何をしていたのかと言いますと、たいして何もしていないので書くこともないな〜という状態でございました。久々に更新したということは何か活動するのかと言うとそれも何もない状態でございます。
2月には、京都で2日連続フォーク&ブルーグラスライブに参加する予定で、その前の週に杏理鈴で練習していた訳ですが、京都で私達2人共に災難が降りかかり、演奏する機会を逃してしまいました。
以前町家ライブに誘ってくれたT氏が、また同じライブに行くために迎えに来られるので楽しみにして待っていたある夕べ、私の体調がどどーっと崩れ、その夜のライブ行きはキャンセルに。翌朝近くの診療所へ駆け込んでお薬もらって点滴も打ってもらってなんとか回復。ウイルス性胃腸炎でした。ぐったりしました〜。
でももっと深刻だったのはヒロさんの方。1ヶ月以上続いていた腰痛が夜も眠れないほどだんだんひどくなっていました。
病院へ通っていくつかの検査をして、お薬をいろいろ処方してもらって、しばらく養生が必要ということで、3〜4月は京都と上越で養生していました。腰に負担がかからないよう気をつけていれば日常生活はまあまあ問題なかったのですが、ギターを抱える姿勢が腰には良くなくて、練習するには無理がありました。
そして現在はどうなったかと言いますと、仕事もギター練習も普通にできるほど回復し、京都で元気に暮らしています。良かった良かった!
あんまりこんな話はしませんが、私には持病があって、1年のうち4分の一くらい自由に動き回れない時もあります。それでもダメな時期はじっと我慢、出来る時が来たらひるまず好きなことをやって行くという気持ちでずっとやってきました。
音楽関連で仲良くお付き合いさせていただいてる人達を見てもだんだん年齢を重ねるごとに体調を崩したり病にかかる人が増えて来ました。
病気だけでなく仕事や家庭や家族の問題で思うようにいかないことも出てきて音楽活動どころじゃなくなる時期もあります。
それでも演奏する機会と場所があり、それを聞いてくれる人達がいて、一緒に活動する仲間がいるおかげでずっと続けて行こうという気持ちを保持することができます。
Windsongの活動を始めて12年になりました。10周年の年は、よーし大きなイベントを企画するぞ!と張り切っていたのに、ヒロさんが富山に長期出張。数ヶ月後には滋賀に。そして次の年こそはと思ったら京都に転勤になってしまいました。
それで何周年とか考えずにできる時にできる状態で精一杯楽しもうと考えるようになりました。
だってこの先もずっと続けて行きたいから。
ずっとジョンの音楽と関わっていたいから。
2015年10月6日火曜日
人生で初めて出会ったライブは
先月京都の家(ヒロさんの単身赴任先)に行った日の晩、西陣にあるライブハウスにおじゃましました。京都でこのところずっとお世話になっているT氏から誘っていただいて、ブルーグラス、フォーク、カントリーセッションデイに参加しました。
Tさんをはじめみなさんの演奏のレベルが高く、ステージさばきもそつなく、学ぶべきことがたくさんあって聞いているだけで充分だったんですけど、まあせっかくやから演奏してみなはれってことで、ジョンの曲を歌わせてもらいました。
長年に渡っていかにジョンデンバーが好きだったか、その思いだけで歌ってます、なんて話をしたせいか、あちこちからジョンについての話題が飛び出してきました。
—ジョン デンバー好きですよ。レコード何枚も持って聞いていました。
—ミッチェルトリオにいたよね。
—日本人の子どもを養子にしたんだよね。
—81年の大阪公演に行きましたよ。ハーブ ペダーセンも来てたね。
嬉しかったですね〜。こんな会話ができるなんて。1人2人じゃなく複数の人と。
京都の音楽好きの人達とこれからもっと交流したいと思ったひとときでした。
帰り道にTさんと話している中で、「人生で初めて見たライブは『谷ゴローショー』だった」と私が何気なく言いましたら、「谷ゴローを知ってるんですか!」とそれからしばらくひとしきりその話題で盛り上がりました。
学生時代に友人と関西学院大学の学祭に遊びに行った時のことでした。ブルーグラスのライブステージをやると言うのでたまたま時間もあって見たのですが、それが単に曲を演奏するのではなく、漫談なのか音楽ライブなのかわからないくらい観客を爆笑の渦に巻き込みながら、巧みな演奏で引きつける「谷ゴローショー」だったのでした。友人とお腹を抱えて涙を流しながら大笑いしました。生で演奏を聞くのってこんなに楽しいんだという強烈な印象が何十年経た今でも残っています。
演奏する側も聞く側も一緒に楽しむ一体感が、ライブの魅力であり原点であるんだといろんなことを思い出しながら再認識した京都の夜でした。
みなさんが初めて出会ったライブやコンサートは誰のそしてどんなものでしたか?
Tさんをはじめみなさんの演奏のレベルが高く、ステージさばきもそつなく、学ぶべきことがたくさんあって聞いているだけで充分だったんですけど、まあせっかくやから演奏してみなはれってことで、ジョンの曲を歌わせてもらいました。
長年に渡っていかにジョンデンバーが好きだったか、その思いだけで歌ってます、なんて話をしたせいか、あちこちからジョンについての話題が飛び出してきました。
—ジョン デンバー好きですよ。レコード何枚も持って聞いていました。
—ミッチェルトリオにいたよね。
—日本人の子どもを養子にしたんだよね。
—81年の大阪公演に行きましたよ。ハーブ ペダーセンも来てたね。
嬉しかったですね〜。こんな会話ができるなんて。1人2人じゃなく複数の人と。
京都の音楽好きの人達とこれからもっと交流したいと思ったひとときでした。
帰り道にTさんと話している中で、「人生で初めて見たライブは『谷ゴローショー』だった」と私が何気なく言いましたら、「谷ゴローを知ってるんですか!」とそれからしばらくひとしきりその話題で盛り上がりました。
学生時代に友人と関西学院大学の学祭に遊びに行った時のことでした。ブルーグラスのライブステージをやると言うのでたまたま時間もあって見たのですが、それが単に曲を演奏するのではなく、漫談なのか音楽ライブなのかわからないくらい観客を爆笑の渦に巻き込みながら、巧みな演奏で引きつける「谷ゴローショー」だったのでした。友人とお腹を抱えて涙を流しながら大笑いしました。生で演奏を聞くのってこんなに楽しいんだという強烈な印象が何十年経た今でも残っています。
演奏する側も聞く側も一緒に楽しむ一体感が、ライブの魅力であり原点であるんだといろんなことを思い出しながら再認識した京都の夜でした。
みなさんが初めて出会ったライブやコンサートは誰のそしてどんなものでしたか?
2015年9月29日火曜日
ギター練習をしなくっちゃ!
京都と上越を行ったり来たりしているうちにもう9月末。サンデーライブ10月出演日まで2週間を切りました。
Windsong2人で一緒に練習できるのはひと月に一度あるかないかとう状態です。8月に動画撮影をしながらの練習をしたきり。それで9月前半に私が京都へ行き、近所のカラオケ店にギターを持ち込んで音合わせをしました。
サンデーライブの演奏時間は2組出演なら1組あたり45分。3組なら30分の持ち時間となっています。10月は3組のエントリーのため30分のステージです。
30分なら6曲ほど歌えるので、そのための選曲をしました。テーマを決めて、以前から手を付けていたけど披露したことのない曲や久しぶりの曲を混ぜながら選びました。
この日はその選曲で練習したのですが、後日いくつかを入れ替えることにしました。一緒に練習ができないと演奏が思うように完成しない。
以前ならライブまで6週間あれば毎週末に合わせ練習を5〜6回はできました。今はせいぜい1〜2回で、合わせ練習中に改善点を見つけ、練習を録音したものを聞いて個々に練習をし、また改善点を見つけて合わせ練習に、というスタイルができない。
これはちょっと考えないといけないなと。
振り返ってみると最初はヒロさんがギターで私がボーカルから始まりました。
それだと2人で演奏していてもボーカル1ギター1で、ソロでやっているのと変わらない。そこでハモりを入れたりWボーカルにしました。歌うよりはリードギターが好きだったヒロさんの挑戦が始まりました。
次の段階は私の挑戦です。リズムを取ったり音の幅を広げるために私もギターを弾くことにしました。そのギターもヒロさんの6弦や12弦と違う音色になる効果のためにナイロン弦のものにしました。
こうして10年ほどやってきた訳ですが、また次の段階に来たのかなと思います。
月に1回しか合わせ練習ができなくても本番でばっちり披露できるように自分のスキルを上げないといけないなと。もっと楽器の練習をしなくちゃ!
YouTubeを開けばお手本になる世界中の先生に出会えるし、ヒントも与えてくれる。
もともとジョン デンバーの曲をちょっと(2〜3曲くらい)ギターで弾きながら歌えるといいなと、思っていただけの私ですが、もっともっと(20曲くらい)弾けるようになりたいと思い始めた今日この頃です。(今頃やっと気づいたんかいな…)
くびき野フォーク村サンデーライブ
10月11日(日)
時間:13:15〜15:15
場所:直江津学びの交流館
出演:Windsong / Iizuka / スワブラ兄 (各30分ずつ演奏)
入場無料です。
2015年7月29日水曜日
ギター置き場
柿崎コンサート終了後すぐにその様子をブログに書こうと思っていましたら、なんやかんやと用事が重なり落ち着かない日々。1週間たってようやくブログが更新できた訳ですが、その間のなんやかんやの一番の出来事が部屋のリフォーム工事でした。
我が家に普段使わない和室があります。そういう部屋は当然楽器置き場になります。ケースに入った大事なギターや古いギターや預かっているギターなど、みなさん各家庭*にギターの5本や6本はありますよね、ね?その他にもエレクトーンやバンジョーやマンドリンやウクレレや…。(*注:楽器を演奏する人のいる家はどこもこんなことではないかと。トホホ…。でもウッドベースがなくて助かった〜。)
そんな大切な楽器置き場なのに、この部屋は致命的な欠陥を抱えていました。気温が上昇する季節になるとカビ臭い!!塗り壁(京壁)と畳が絶対カビ臭い!
気温と湿度が高い日にはエアコンをつけたりしていましたが、一日中無人の部屋にエアコンつけっぱなしはちょっともったいない。いくら楽器様のためとはいえ。
そこで、とうとうリフォームを決意しました。塗り壁を落としクロスを貼り、床は畳を取り除き断熱材を入れてさらに下板を加えてフローリング張りに。
塗り壁はガリガリ削り落とすのだと思っていましたら、工事が始まるなり大工さんはドカーンドカーンと壊していくではありませんか。カビ臭い原因の一つだった塗り壁をきれいさっぱり取り除き、新しいコンパネの上に綺麗なクロスを貼ってもらいました。
床もしっかりとした丈夫なフローリングになり、あのジメッとした暗い和室が見事に明るく爽やかな空間になりました。これなら楽器を置いても大丈夫です。
我が家に普段使わない和室があります。そういう部屋は当然楽器置き場になります。ケースに入った大事なギターや古いギターや預かっているギターなど、みなさん各家庭*にギターの5本や6本はありますよね、ね?その他にもエレクトーンやバンジョーやマンドリンやウクレレや…。(*注:楽器を演奏する人のいる家はどこもこんなことではないかと。トホホ…。でもウッドベースがなくて助かった〜。)
そんな大切な楽器置き場なのに、この部屋は致命的な欠陥を抱えていました。気温が上昇する季節になるとカビ臭い!!塗り壁(京壁)と畳が絶対カビ臭い!
気温と湿度が高い日にはエアコンをつけたりしていましたが、一日中無人の部屋にエアコンつけっぱなしはちょっともったいない。いくら楽器様のためとはいえ。
そこで、とうとうリフォームを決意しました。塗り壁を落としクロスを貼り、床は畳を取り除き断熱材を入れてさらに下板を加えてフローリング張りに。
塗り壁はガリガリ削り落とすのだと思っていましたら、工事が始まるなり大工さんはドカーンドカーンと壊していくではありませんか。カビ臭い原因の一つだった塗り壁をきれいさっぱり取り除き、新しいコンパネの上に綺麗なクロスを貼ってもらいました。
床もしっかりとした丈夫なフローリングになり、あのジメッとした暗い和室が見事に明るく爽やかな空間になりました。これなら楽器を置いても大丈夫です。
リフォーム屋さん、大工さん、内装屋さん、電気屋さんと連日いろんな人が出入りして、工事が終わってまた静かな日々が戻って来ました。
おっとこれで終わりじゃなかった。部屋を数日間よーく換気した後、別の場所に保管してるCD棚や本棚とその中身を運び込まなあきませんし、この部屋の主の楽器たちを鎮座させなあきません。
連日の猛暑の中もうひと頑張りや〜。
2015年2月6日金曜日
警部マクロード放送から40年
1975年の1月、NHKで放送が始まったドラマシリーズ「警部マクロード」。当時中学生だった私はこのドラマで、その後の私の人生を大きく左右する人物と出会いました。
『コロラド大追跡』という回にゲスト出演していたジョン デンバーです。出会ったと言ってるけど一人で勝手にそう思っているだけやん!というツッコミが聞こえてくる気がしますが、出会ってしまったとしか言いようのない瞬間でした。
ジョンが画面に登場した瞬間、画面から何か強い衝撃波が押し寄せてきました。そしてある直感が働きました。「この人は私に大きく関わってくる人だ!」と。
ドラマのクレジットで「ジョン デンバー」と言う名前を覚え、アメリカの歌手らしいよと友人から聞き、近所のレコード店に情報を求めて足を踏み入れてみました。ベストアルバムを見つけ、お小遣いをはたいて購入しました。自分で買った初めてのレコードがジョンのアルバムでした。
レコードを聞いてみるとそこには私が探し求めていた音楽の世界が広がっていました。それまでは学校の音楽の教科書にでてくるフォスターやスコットランド民謡などの、自然の景色や人々の営みを歌った美しい旋律の曲が好きなくらいで、流行の音楽とは無縁な生活でした。
それからジョンの歌の世界やその人柄にのめり込み、アルバムを買い揃え、ファンクラブに入り、関西での活発なファン交流活動へと発展していきました。
1981年には念願だったジョンのコンサートを聞くことができ、その後ジョンと直接会う機会が幾度かありました。
ジョンは私にとっていつも手を伸ばして追い求める光のような存在でした。
1997年にその光が突然消えてしまいました。その頃の気持ちはいまだにうまく言葉にできません。
ただ、やっぱりジョンと出会って良かったと思っています。40年経ってもジョンの音楽が私に勇気を与えてくれる。
1本のドラマを見たことから広がった世界。
あの時「警部マクロード」を見ていなかったら全然違う人生になっていただろうと思います。やっぱりジョンを初めて見た時の直感は当たっていたんだと思うのです。
テキサス州タオスからニューヨーク市警にやってきた型破りなマクロード警部。
毎週このドラマを見るのが本当に楽しみでした。
2013年12月12日木曜日
友
12月3日、フォーク村で仲良くしていたKさんの突然の訃報を受け取った。
そのメールを見ても、信じられず、すぐにフォーク村の友達に電話で伝えながら共に涙した。涙しながらも私が見た「永眠」という文字がやはり間違いであったのではないか、現実とは思えず、また見返す。
Kさんは病気治療中だったけれど、退院して8日のサンデーライブに顔を出すと言っていたから、そう信じていた。
11月23日のフォークソングコンサートでも、綺麗な歌声を披露されていた。その時の歌声が忘れられない。
彼女のように愛らしくて、人懐っこくて、幼い子どものような純粋さを持ったままの大人を見たことがない。
みんなから愛されていた。
知り合えて良かった。
友達になれて良かった。
一緒に歌えて良かった。
大好きだった。
Kさんのご冥福をお祈り申し上げます。
Kさんのご冥福をお祈り申し上げます。
2013年6月5日水曜日
kindle買ってみた
半年くらい前から、電子書籍に興味があり、iPad miniにしようか、アマゾンのkindleにしようか、いろいろ調べていました。それで目標としてiPad miniを買うために、コツコツおこづかいを貯めてきました。
そんな時、読みたいと思っていた本のkindle版があることを知り、アマゾンで注文しようと思いました。(あれ?ちょと待って。読むための端末を買うのが先やん!)と、そのまま勢いで「kindleを購入」をポチっとクリックしました。
早速2日後、届きました。速いね〜! 「iPad mini買うんじゃなかったの!?」と家族も驚く速い展開。
欲しかった本は「Along The Cherry Lane」という本です。
ジョン・デンバーのプロデューサーだったミルトン・オクンの自叙伝です。
日本語訳ではないので、英語で読まないといけない。
そこで、電子書籍なら、読みながらすぐに語句検索や、地名、人名などウィキペディア検索もでき、なんとか読めるかなあと思った訳でした。
この写真が、電子書籍の中に入った状態です。
白黒なのがちょっと残念…。
目に優しいというキンドルペーパーホワイトは
電子インクを使っているとかで、
カラーじゃないんです。
でも、大丈夫! 買った本は、iPodタッチにも入れることができ、そちらでカラーの表紙も拝めることがわかり、早速やってみました。
え?iPodタッチを持っていたのなら、それにキンドルアプリを入れて、本を購入して読めば良かったのにって?
それがね〜。文字が細かくて、読むのが辛いお年頃なのっ!!
kindleだと文字をかなり拡大できるから、これで老後も読書を楽しめるはずです♪(多分)
そんな時、読みたいと思っていた本のkindle版があることを知り、アマゾンで注文しようと思いました。(あれ?ちょと待って。読むための端末を買うのが先やん!)と、そのまま勢いで「kindleを購入」をポチっとクリックしました。
早速2日後、届きました。速いね〜! 「iPad mini買うんじゃなかったの!?」と家族も驚く速い展開。
欲しかった本は「Along The Cherry Lane」という本です。
ジョン・デンバーのプロデューサーだったミルトン・オクンの自叙伝です。
日本語訳ではないので、英語で読まないといけない。
そこで、電子書籍なら、読みながらすぐに語句検索や、地名、人名などウィキペディア検索もでき、なんとか読めるかなあと思った訳でした。
この写真が、電子書籍の中に入った状態です。
白黒なのがちょっと残念…。
目に優しいというキンドルペーパーホワイトは
電子インクを使っているとかで、
カラーじゃないんです。
でも、大丈夫! 買った本は、iPodタッチにも入れることができ、そちらでカラーの表紙も拝めることがわかり、早速やってみました。
え?iPodタッチを持っていたのなら、それにキンドルアプリを入れて、本を購入して読めば良かったのにって?
それがね〜。文字が細かくて、読むのが辛いお年頃なのっ!!
kindleだと文字をかなり拡大できるから、これで老後も読書を楽しめるはずです♪(多分)
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